今回レビュー記事を書いている「きのくにや旅館」であるが、こちらは「箱根にごり湯の会」の会員であり、箱根の芦ノ湖近くにある由緒正しき温泉旅館である。
僕が今回取り上げるのは、この温泉が素晴らしい白濁の温泉を提供していることももちろんなんだが、やはりその歴史、特に明治・大正の数々の名士が訪れているということ、温泉と文人墨客の文化というものを僕に発見させてくれた、そんな素敵な場所であるからである。
冒頭に魯山人が書いたと思われる温泉随筆を引用しておく。
芦の湯効果・一辺
きのくにや旅館内のパネルより引用
岩上に雑草は生えない
害虫毒蛇は生きられない
謹 魯山人
普通の人間は、皆、平常の何倍ものかくれた、外に現れない能力を持っている。この潜在能力が、集中力となって、学問を上達させ、また、事業を成功させるのである。
世の中には、良心の命令に従う事ができない、朝寝と怠慢、何をするにも失敗と不成功の連続などで、もったいなくも、生涯を「遺憾」の二文字ですませてしまう人がいる。それは、その人が悪いのではなく、その人の身体全部に巻きついて離れない病気、不健康、言い換えれば、雑草・毒蛇・害虫が、人間の本能を抑制してしまうのである。ひと言で言えば、人間は、まず、健康でさえあれば、満願成就である。しかしながら、人間は生まれながら必ず自然の胎毒を持っており、それから三度の食事の中には、必ず毒分がついている。それが湯垢のように身体中に蔓延し、毒蛇雑気となって名のつかない病気となり、折角生まれながらに備えている良い知恵と能力を破壊するのである。
さて、昨今、我々は、この害虫毒蛇雑気を排除すべきであるが、それは硫黄泉に入湯治療する事が最も良い。これは絶対に間違いない、と言って過言ではない。医薬療養には限界がある。駆除法はあるのであるが、特に、硫黄泉ぐらい速攻にして根治的なものはないようである。入浴の程度は、その人によるので一定しがたいようだ。普通、健康な人は、三時間程度毎に入浴することにより、毒素排泄の効果を満喫することができる。時間は各々の気分にまかせて良いと思う。おおかた、十分〜二十分の間にして、無理しないようにすることである。
芦の湯温泉入浴の効果については、わずか三日間で元気を回復した実例がたくさんあり、また、六日間入浴して人生の不幸を脱却して幸福な生涯を送れた実例がある。(実例は無数にある)。
創業1715年の箱根七湯の芦の湯温泉「きのくにや旅館」に行ってみた
さてこの「きのくにや旅館」、箱根七湯と呼ばれる箱根にある温泉を発見された順に場所別で分類した七つのうちに入っており、芦の湯温泉に属している。「芦の湯」の名前のとおり、ロケーションとしては芦ノ湖の近くにある。正確には芦ノ湖から少し山側に登ったところにあるが、小田原からは国道一号線を芦ノ湖方面へ走っていっておよそ30分程度で到着する距離感である。
残念ながらこの日は雨が降っていたので、旅館の外観の写真をうまく取れなかったが、建物は少しレトロ感のある、いわゆる温泉旅館のたたずまい。入り口に置いてあったこちらの看板からなにか今までに行った温泉旅館とは少し違うな、という予感めいたものがあった。
旅館内部のエントランスからロビー。旅館のスタッフの方の親切かつ丁寧な対応も気持ち良い。旅館内部は、やはり昭和の雰囲気を残すデザインであるが、このレトロ感がまた良い。
受付で大浴場への日帰り入浴の代金1,000円を払って、温泉へ向かう。
ちなみに日帰り入浴は、午後の限られた時間しかやっていないそうだから、事前の連絡確認が必要である。
浴場に向かう間にも当旅館の歴史を示す、いろいろなパネルが展示してあったので思わず見入ってしまった。これは相当に思った以上に歴史ある旅館である。
あとから知ったことだが、この旅館、創業は江戸時代中期の1715年。
現在は12代目ということで、相当長い歴史のある旅館である。著名な利用客も数しれず、、明治天皇、勝海舟、滝廉太郎、志賀直哉、北大路魯山人、美空ひばり、、と今ではありえない有名人・著名人が並ぶ。
歴史が証明する本物のにごり湯をたっぷり堪能! 箱根きのくにや旅館
さて、大浴場の「湯香殿」に到着。その前に入り口のところに鎮座している七福神の福禄寿の神様を拝む。これは長寿の神様だな。
大浴場の内部は、大きめの内湯がひとつ、外湯はふたつの露天風呂があり、うちひとつはツボ風呂になっている。こちらの温泉の泉質であるが、実は2種類ある。
1号泉が、旅館敷地内から湧出している源泉であり、これが高純度の硫黄泉である。2号泉は、旅館から1kmほどにある湯の花沢からこちらも高純度の重曹泉を引き込んでいるとのこと。名前のとおり硫黄分を含んでいるから、温泉好きにはたまらない硫黄の香りが温泉内に漂っている。そして内湯の浴槽には硫黄泉、外の露天風呂は重曹泉、ツボ風呂には硫黄泉、というふうに2種類の源泉が楽しめるようになっているのである。
僕の大好きな白濁湯(当然のことながら硫黄泉)、にごり湯の具合であるが、旅館のスタッフのかたに聞いてみたところ、これはかなり季節や時間帯、その日の気候などによって濁り具合が変わるそうである。今回訪れたのが10月ごろだったが、これから寒くなっていくにつれて白濁は強くなっていくとのこと。今日は浴槽の底が見えるか見えないかぐらいのにごり具合だそうだ。
湯の花の状態であるが、これはかなり粒子がきめ細かい状態で湯に融解している。よってかなり滑らかな感じである。湯の温度は内湯はやや熱め、冒頭に引用した北大路魯山人が言うように体内の毒を排出し、カラダがもつ本能を回復させるには、すなわち自律神経をリセットするにはこのぐらいの湯温が必要であろう。入浴していて非常に気持ちが良かったし、これは病みつきになるだろう。
神遊風呂を試せ! 一浴すれば病痢も直り、命も延びる
さて外の露天風呂であるが、いわゆる露天風呂とやや特徴的な壺風呂が用意されているが、この壺風呂、「神遊風呂」と名付けられており、なにやら効能が高そうな感じである。
そう言えば、受付でスタッフの方が、「常連の方がたまたま集まると、この神遊風呂は取り合いになる」と仰っていたな。今日は幸運なことに僕一人だけの独泉状態であるから、ゆっくり神様の湯に浸からせてもらおうじゃないか。
一浴すれば病痢も直り、命も延びる。加え、貧も廉となり、怒りやすき人も和平安易の善人と化す。
神遊風呂のパネルより引用
この神遊風呂と名付けられた、ぬるめの壺風呂にゆっくり20分ほど浸かった。さらに重曹泉の露天風呂も試してみたが、こちらもややとろみがあるいいお湯であった、まさに美肌の湯。内湯・外湯の3つの温泉を交互に繰り返し入って、たっぷりと休日の白濁温泉ざんまいを堪能することが出来たのである。
旅館の歴史資料館は必見! 美術回廊「一峰舎」箱根きのくにや旅館
さて、ぞんぶんに最高のにごり湯を楽しんだあとは、大浴場のすぐとなりにあるこの資料館に立ち寄ってみよう。
こちらは、きのくにや創業三百年の歴史を垣間見ることができる、貴重な資料や美術品が展示されているスペースになっているが、歴史ある温泉旅館でもこの規模での展示は珍しいのではないかと思う。冒頭に掲げた北大路魯山人の随筆もここに展示されてあったものである。いくつか写真を載せておくが、一度行かれたらぜひ湯上がりして一息ついたら、訪れてみて欲しい。
芦の湯温泉ではマイベストなにごり湯 〜 きのくにや旅館
僕は箱根七湯のすべてを制覇したわけではないが、ここ芦の湯温泉郷はとても自分の体質に合う温泉であると感じている。
そのなかでもこちらのきのくにや旅館は、さすがに多くの文人墨客から愛された、その長い歴史と、江戸時代の温泉番付表である前頭筆頭でも最高位に評された芦の湯温泉の泉質と相まって僕のなかでは、今日現在、箱根で一番のポジションを取っているすばらしい温泉である。
今回は日帰り温泉での利用であったが、ぜひゆっくり宿泊で近いうち再訪してみたいと思っている。宿泊でしか入れない温泉はさらに素晴らしいに違いないからだ。
P.S. 現在の12代目の館主が書かれたこちらの旅館と温泉の歴史のHPリンクを掲載しておく
リンク きのくにや旅館の温泉と歴史
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